竹内秀樹の最近のブログ記事

スポーツ新聞や大衆娯楽紙、それに日経流通新聞などをよく注意してみると、「整理品高価買入」とか、「即金応相談」「現金買売専門」などと書かれた広告を目にすることがある。

が、こうした現金卸問屋と上手に付き合えれば、ディスカウント・ショップの経営は、その半分が決ったと考えてよい。

それほど仕入れの占める割合は大きいのである。

いかに安く仕入れるのか、がこの商売のすべてであるといっても、決して過言ではないであろう。

そのためには、仕入れ先であるこれら現金卸問屋といかにうまく付き合うか、いかに他店よりも早くて確実な情報を仕入れるか、ということがポイントになるだろう。

他店と同じ方法で、他店と同じルートから慢然と仕入れるだけでなく、「もっと安くできないか」「もっと良いルートはないのか」と、常に周囲に目を配ることが大切である。

そうしていれば、自然に情報は集まってくるものである。

どんな商売でも同じことだが、日頃の研究と勉強が、成功と失敗の分かれ目になるというわけである。

竹内秀樹

飲食店の店内装飾品などに一時は非常によく売れたもので、小判を額に入れて壁にかけるように瓢作られたものなどは、定価の5パーセントか、あるいはそれ以下で取引きされている。

エンジン・オイルトなども5パーセントは無理としても、かなり安いことは事実である。

メーカー品のスキンもよく出廻る商品のひとつだが、10パーセント以下、7パーセントから8パーセントでなら取引き可能である。

ディスカウント・ショップの人気商品のひとつであろう。

雑貨品では、若干流行遅れ気味のおもちゃ類も安い。

おもちゃ類はある日突然パッタリと売れなくなったりするので、安いからといっても仕入れは慎重を要するが、目玉商品として利用しやすいものである。

竹内秀樹

ある程度の数量を一括で、現金さえ用意すれば、誰でもビックリする安さで商品を仕入れることが可能である。

ひとつの例として、その商品と取引き単位、および値段を掲載しておいたのでご覧頂きたいのだが、これらは現時点におけるある現金卸問屋の例であって、これが仕入れ値の最低ランクということではない。

限界というものがないのがこの世界なのである。

といっても、定価の10パーセントというのが、ひとつのラインであることはいえよう。

ことによく知られているブランド商品ということになると、10パーセント程度というのは、ひとつの分岐点である。

しかし、ブランドにこだわらなければ、まだまだ安いものは多い。

二級品の羽毛布団などは定価の10パーセント以下で入手が可能だ。

ただし、ブランド名がないというだけではなく、材質がやはり二級品だけのことはあって、その点はよく吟味して買い付ける必要がある。

竹内秀樹

相手が下した結論が自分の考えていたものと同じでも、プロセスが違っていることがある。

プロセスが違うと、別の条件のもとでは結論が異なってくるということもある。

話を最後まで聞くということは、話し始め、話の途中、そして話の終わりまでの全体をしっかり受けとめることなのである。

自分勝手に要約しない
話を途中まで聞いて、わかったようなふりをしないこと。

また充分理解できていないのに、多分こういうことだろうと決めつけてしまわないことも大切だ。

「思ったことをうまく言えない」話をしようとしたとき、こんな思いをしたことがあるだろう。

相手も同じである。

とくに顧客は、あなたの会社、あなたの属している部署や販売している商品などに関する詳しい情報を必ずしも持っているわけではない。

竹内秀樹

「聞き上手」であることは、できるビジネスマンの条件でもある。

ビジネスは相手のある仕事だ。

常に人の話を聞き、理解してから自分の行動を決めていくことが求められる。

したがって、聞き上手であることは、的確に仕事を進めていく上での基本となる。

聞き上手な人の周りには、話し手も多く集まる。

「彼は話をしっかり聞いてくれる」「彼は真剣に話を受けとめてくれる」となれば、いろいろな人が集まってくるのも当然である。

人が集まるということは、情報が集まるということでもある。

「聞き上手」は「情報を上手に聞き出す」ということにもつながっていく。

必要な情報を楽に入手することができるというわけである。

それだけではない。

人の話を聞くことは、自分の生活経験を豊かにすることにもつながる。

話し手の読みとってきた世界、経験を自分のうちにとりこみ、その経験を生かして、よりよい生活を送ることができる。

その意味では、聞き上手になるということは、ビジネスの基本であるばかりでなく、生きていくうえでの一つの財産なのだ。

竹内秀樹

下駄は世界に類をみない日本独特のはきものである。

下駄の特色は乾燥しやすい木を使って、地面からわずかに高く足を置いて、靴のように足の甲をけっして包み込まず極めて通風がよい。

足の通風を保つ点ではワラジ、ワラグツも同じである。

日本人がゴム長靴や謬」鋳
 モース先生のスケッチ(左茶の湯の先生宅玄関の下駄箱,右高貴の老婦人の足)
あみあげ靴のような足を包み込むはきものをつくらなかったのは、長靴のように湿気でベトベトになることを避けるためである。

このためむかしの日本人は水虫になやまされなかった。

ところが明治になって欧米の軍隊様式をまねて、長靴の生活を始めてから、たちまち足は水虫の巣になってしまったのである。

いつも地面がぬれている雨の国で泥の国日本では、西洋の靴のように直接地面に接するはきものは不潔であり、不適なのだ。

下駄が地面から離れているのは、家の床が縁の下をはさんで高床になっているのと同じ原理である。

竹内秀樹

200カイリ経済水域の設定は、海洋国日本にとって有史以来の致命的な大外圧である。

自由な海が不自由な海となり、広い領海から狭い公海へと、海洋分割の世界史上の大事件なのである。

世界一の海洋国、水産国日本が最も大きな直接的な被害や脅威をうけることは間違いない事実である。

最近のマスコミの論調や世論がおしなべて悲観的になるのは当然である。

ところが日本の歴史の実態からすれば、この海洋法ショックも結果的には危機をテコに飛躍のチャンスにしていくことに気がつくときがあると確信する。

海洋法改正により世界の多くの沿岸国は国土の何倍もの200カイリ経済水域を領有することになるが、果たしてどれだけの国がこの宝の新空間を十分活用することができるだろうか。

アフリカやインドネシアなどは広大な海を所有する海洋国になるのだが、未だほとんどその利用を知らないのだ。

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"空気の壁"・・・竹内秀樹

原理は、じつに簡単で、出入口の上から下へ圧搾空気を流して層をつくり、それをドアに見立てて、部屋の内と外を分けている。

いわば、"空気の壁"をつくって、部屋の冷暖房を確保し、外のほこりをシャットアウトする。

そして、出入りするには、ドアを手で押したり引いたりする必要がない。

デパートなどでは、買い物客は両手にいっぱい荷物を抱えたままで自由に出入りできるという便利さがある。

このエア・ドアも、ドアというものの属性をあげていけぽ、簡単に思い浮かんでくるアイデアではないだろうか。

ドアといえぱ、木材や金属、ガラス、プラスチヅク、布などでできているのが主である。

それを「固体」という項目にまとめることができる。

「固体」を「液体」にしたらどうか、「気体」にできないかという発想は、自然に生まれてくるはずだ。

竹内秀樹

いま流行中の企業のCIにも、問題点のみつからないところへ問題を提起しようという意図がみられる。

とくにいま、解決を急がなけれぽならない問題は派生していないが、組織が持つ潜在的問題点を明らかにして組織の思い切った活性化を図ろうという意図だ。

たとえば、まえに紹介したINAXは、INAXの"X"に、未知数のXを感じさせられないかという意図をもたせた。

「社名を変えてみたら」に始まる、いくつもの「...を変えてみたら」

によって、イメージ・チェンジに成功した。

たとえば、普通はビルの一階にあるトイレの便器のショールームを、東京・六本木のアークヒルズのビルの最上階に持ってきた。

しかも、まるで西洋骨董品のようなみごとな便器のコレクションをそこで開陳してみせた。

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自分の責任・・・竹内秀樹

社会人になった以上、当然遅刻は許されない。

ところがある日、A君は三十分も遅刻してしまった。

大雨が降り、電車が大幅に遅れたためである。

A君は、当然自分と同じ部署の社員たちも遅刻して来るものと思っていた。

ところが、会社に着いてドアを開けるなり、驚いてしまった。

なぜならば、自分以外の社員はみんな席につき、ふだんと同じように仕事をはじめていたからである。

こうしたとき、つい口からでてしまうのが、「電車が遅れたんです。いつもより十五分も早く家を出たんですけど......」というセリフだ。

しかし、自分以外の社員が全員定時に出社しているのだから、遅刻の理由にはならない。

こんな場合でも、まずは「遅れて申しわけありませんでした」と謝ることだ。

そして、遅刻の原因を聞かれたら、そのときは「大雨で電車が遅れたんです」と、きちんと理由を述べることである。

それを、謝るまえから、「遅れたのは、自分のせいではなくて電車だ」と、自分の責任を電車のせいにするのはよくない。

たとえ、どんな理由があれ、遅刻したのは自分の責任なのだ。

竹内秀樹

失敗には「一生懸命やりました」と弁解するまえに、「申しわけありませんでした」と謝るある新入社員が、約束の期限までに報告書の作成ができなくて、取引先に持っていく時間に間に合わなくなってしまった。

そこで、上司から叱られたのであるが、ふた言めには「一生懸命やったんです」を連発している。

こうした部下の態度を見ると、たいていの上司は、はじめは叱るつもりなどなくても、小言のひとつも言いたくなってしまうものだ。
もちろん、この社員の気持ちもわからないわけではない。

ひとつの仕事をまかされた以上、だれでも責任をもってやり通したいと思うだろうし、自分が苦労したのだから、その労力だけでも認めてもらいたいという気持ちもあるだろう。

こうしたとき、つい、「自分は一生懸命やったんです」という、言い訳の言葉が先に出てしまいやすい。

一生懸命やったが、結果が出なかった。

仕事をしていくうえで、こうした経験はほとんどの人が味わうはずだ。

しかし、少々きびしいようだが、どんなに「一生懸命やりました」だけをくり返しても、責任のがれの態度にしか思われないということを肝に銘じておいてほしい。

なぜならば、仕事は結果がすべてだからだ。

竹内秀樹

始終電話のベル・・・竹内秀樹

記者クラブに行っておれば、クラブが書斎になる。

社にもどれば、編集局のデスクが勉強机になる。

とくに新聞社というところは騒々しい場所だ。

始終電話のベルが鳴っているし、荒々しい応答が早口にしゃべられている。

位置によっては輪転機の轟音や、さまざまな雑音があふれている。

いちいちそんなものにわずらわされていたら、新聞社では勉強などできっこない。

原稿を書くことも勉強のうちと考えるならば、新聞社では最も苛酷な条件の下で執筆が強制されている。

新聞の締切り時間は1日に数回ある。

その最寄りの締切り時間に間に合わさなければならない。

締切りの間際には、書いた先から、1枚ずつ次長が原稿をはぎ取っていく、といった状態である。

竹内秀樹

新聞を読むこと・・・竹内秀樹

新聞を読むことは、ビジネスマンにとって、大切な勉強である。

それにしてもホテルの食堂で、朝食をとりながら新聞を読むということは家庭にいるときの習慣が現われるのではなかろうか。

ビジネスマンの毎朝の様子が目に見えるようである。

このことを考えると、毎朝6時から8時までを読書の時間とするのは、実情に合わないようだ。

1日4分法では、夕方の6時から8時までが社交の時間となっている。

おそらくは会社が終業してから職務上、出席しなければならないパーティーや宴会があるとか、それのない日は同僚や上司、部下と、つきあいで飲みに行く、という計算なのであろう。

毎日これだと、家庭で夕食をとる日がなくなってしまう。

毎日社交ばかりやらないで、ときにはこの時間帯で研究会や勉強会をやってもよかろうし、家庭サービスもあってしかるべきだ。

さらに9時から翌朝6時までが休養と睡眠となっているのも、勉強するビジネスマンには適合しない。

もし集中的に勉強できる時間、というならば、ビジネスマンにとっては、むしろ午後9時以後ではないだろうか。

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