メーカーの過当競争の産物

メーカーや問屋などの中には、業績不振で倒産したり、廃業に追い込まれるものがある。

長期化する不況下の経済状況は、そういうケースを今後も多く生むであろう。

倒産会社は、少しでも現金がほしいわけだから、条件はゆるやかである。

情報を早くキャッチした方が勝つ。

その情報はどうすれば入ってくるか。

とりあえずいえるのは、各地方の裁判所や地裁支部で行なわれる「競売」の情報なら、いつでも知ることができる。

もちろん誰でも競売に参加することができるし、捨て値でセリ落とすことが可能だ。

また、倒産の予測情報を早く知ろうとするのなら、企業リサーチ会社と契約したらよい。

いわゆる興信所である。

代表的な企業リサーチ会社としては、次のようなところがある。

これらの会社では、定期的に企業情報を掲載した機関紙を発行しているので、それを購読すればよい。

購読料はかなり高いが、やり方によっては充分元がとれる。

竹内秀樹

スポーツ新聞や大衆娯楽紙、それに日経流通新聞などをよく注意してみると、「整理品高価買入」とか、「即金応相談」「現金買売専門」などと書かれた広告を目にすることがある。

が、こうした現金卸問屋と上手に付き合えれば、ディスカウント・ショップの経営は、その半分が決ったと考えてよい。

それほど仕入れの占める割合は大きいのである。

いかに安く仕入れるのか、がこの商売のすべてであるといっても、決して過言ではないであろう。

そのためには、仕入れ先であるこれら現金卸問屋といかにうまく付き合うか、いかに他店よりも早くて確実な情報を仕入れるか、ということがポイントになるだろう。

他店と同じ方法で、他店と同じルートから慢然と仕入れるだけでなく、「もっと安くできないか」「もっと良いルートはないのか」と、常に周囲に目を配ることが大切である。

そうしていれば、自然に情報は集まってくるものである。

どんな商売でも同じことだが、日頃の研究と勉強が、成功と失敗の分かれ目になるというわけである。

竹内秀樹

安さの証拠品

顧客が他店との値段の比較をしたりすることも多いので、「安さの証拠品」として、これを生かすことも考えられよう。

健康食品ブームに伴って、さまざまな種類のナチュラル・フーズが商品化されているようだが、朝鮮人参やローヤル・ゼリー、それに各種のビタミン入り錠剤、カルシウム剤なども、5パーセント以下で取引きされている。

定価の方がもともと高く設定されているといってしまえばそれまでだが、安いことは間違いない。

二流品ではあるがキズ・パンドも安いし、またよく売れる商品である。

仕入れは5パーセントが下限になっている。

竹内秀樹

飲食店の店内装飾品などに一時は非常によく売れたもので、小判を額に入れて壁にかけるように瓢作られたものなどは、定価の5パーセントか、あるいはそれ以下で取引きされている。

エンジン・オイルトなども5パーセントは無理としても、かなり安いことは事実である。

メーカー品のスキンもよく出廻る商品のひとつだが、10パーセント以下、7パーセントから8パーセントでなら取引き可能である。

ディスカウント・ショップの人気商品のひとつであろう。

雑貨品では、若干流行遅れ気味のおもちゃ類も安い。

おもちゃ類はある日突然パッタリと売れなくなったりするので、安いからといっても仕入れは慎重を要するが、目玉商品として利用しやすいものである。

竹内秀樹

すなわち、よいものはダウンの比率が高いが、二級品の場合フェザーの混合率が高く、肌ざわりがやや落ちる。

こうしたある程度の商品知識が必要なことは、当然であろう。

下請けメーカーが製作したブランドものとまったく同じ商品を、ブランドを付けずに、別の商品名をつけているケースもよくあることである。

聞いたことのないメーカーだからといって、粗悪品と決めつけることはできないわけだ。

たとえばボールペンや万年筆、あるいは時計、それにゴルフクラブにもそういう例はある。

よく売れる商品としては、カセットテープなどもあり、若い人々には人気のある商品である。

竹内秀樹

ある程度の数量を一括で、現金さえ用意すれば、誰でもビックリする安さで商品を仕入れることが可能である。

ひとつの例として、その商品と取引き単位、および値段を掲載しておいたのでご覧頂きたいのだが、これらは現時点におけるある現金卸問屋の例であって、これが仕入れ値の最低ランクということではない。

限界というものがないのがこの世界なのである。

といっても、定価の10パーセントというのが、ひとつのラインであることはいえよう。

ことによく知られているブランド商品ということになると、10パーセント程度というのは、ひとつの分岐点である。

しかし、ブランドにこだわらなければ、まだまだ安いものは多い。

二級品の羽毛布団などは定価の10パーセント以下で入手が可能だ。

ただし、ブランド名がないというだけではなく、材質がやはり二級品だけのことはあって、その点はよく吟味して買い付ける必要がある。

竹内秀樹

持っている情報量が少なければ、話が抽象的になってしまい、何を言いたいのかわからないということが起きる。

話し手には最後までしゃべらせることが大切なのである。

話を聞いているときに、相づちを打ったり、うなついたりすることで、「あなたの話をしっかり聞いています」という姿勢を見せることも、「聞き上手」になるコツである。

話し手は、相手の反応をみながら、あるときには言葉を言い換えたり、強く発音してみたりと、何とか自分の主張を聞きいれてもらいたい、わかってもらいたいと考えて話をしている。

だから、きちんと聞いていることを示してあげれば、話し手は安心感を持つ。

相づちには「ええ」「はい」「そう」「そうですね」などいろいろな表現があり、ケースによって使い分けることが必要だ。

部長や課長などの上司には、「そうですね」とか「ええ」と変化させていうのはなかなか難しいことである。

そんなときは「はい」というだけで十分だ。

竹内秀樹

相手が下した結論が自分の考えていたものと同じでも、プロセスが違っていることがある。

プロセスが違うと、別の条件のもとでは結論が異なってくるということもある。

話を最後まで聞くということは、話し始め、話の途中、そして話の終わりまでの全体をしっかり受けとめることなのである。

自分勝手に要約しない
話を途中まで聞いて、わかったようなふりをしないこと。

また充分理解できていないのに、多分こういうことだろうと決めつけてしまわないことも大切だ。

「思ったことをうまく言えない」話をしようとしたとき、こんな思いをしたことがあるだろう。

相手も同じである。

とくに顧客は、あなたの会社、あなたの属している部署や販売している商品などに関する詳しい情報を必ずしも持っているわけではない。

竹内秀樹

具体的にどうすれば、「聞き上手」になれるのだろうか。

最も大切なのは、相手の話を最後まで聞くということである。

話にはいろいろある。

家族、友人との日常会話、上司や先輩からの仕事の指示やアドバイス、お客様からの取引の依頼やクレームなど、ここでは、それらを全部ひとつにして、「話」としておく。

日本語は、話のテーマとなっていることを、文末で肯定したり否定したりする。

したがって、話を最後まで聞いてみないことには、話し手の真意はわからない。

話の仕方によっては、結論が先にきて、後からその結論に至った理由が述べられることもある。

結論だけ聞いて、「わかりました。それでは・・・」と、おしまいにするわけにはいかないのだ。

また、理由→結論という話し方のときでも、「結論はどういうことなのか。やはり私が考えていた通りじゃないか」と、結論にのみに関心が集中し、結論にいたる理由はいいかげんにしか聞かないのでは困りものだ。

竹内秀樹

「聞き上手」であることは、できるビジネスマンの条件でもある。

ビジネスは相手のある仕事だ。

常に人の話を聞き、理解してから自分の行動を決めていくことが求められる。

したがって、聞き上手であることは、的確に仕事を進めていく上での基本となる。

聞き上手な人の周りには、話し手も多く集まる。

「彼は話をしっかり聞いてくれる」「彼は真剣に話を受けとめてくれる」となれば、いろいろな人が集まってくるのも当然である。

人が集まるということは、情報が集まるということでもある。

「聞き上手」は「情報を上手に聞き出す」ということにもつながっていく。

必要な情報を楽に入手することができるというわけである。

それだけではない。

人の話を聞くことは、自分の生活経験を豊かにすることにもつながる。

話し手の読みとってきた世界、経験を自分のうちにとりこみ、その経験を生かして、よりよい生活を送ることができる。

その意味では、聞き上手になるということは、ビジネスの基本であるばかりでなく、生きていくうえでの一つの財産なのだ。

竹内秀樹

話し方や言葉づかいに関連して、人の話を上手に聞くことは、人間関係をよくするコツである。

よく何人かで会話をしているとき、自分のことばかり話す人がいる。

他の人が話をしていてもろくに聞いていない。

それどころか話をさえぎって自分の事を一方的に喋り出してしまう。

要するに「俺が、俺が」のタイプだが、こうした人間は周りからけむたがられ、次第に人間関係の輪から外されてしまう。

このタイプとは逆に、人の話を聞くのがじつにうまい人がいる。

「へえー、そうなんですか」「それは面白い話ですね」とあいつちの打ち方もうまいし、質問のタイミング、内容もよい人だ。

そういう人だと話をしている方は自然と熱が入るし、話し終えた後は「言いたいことを聞いてもらえた」というすがすがしい気分になる。

当然のことながら、こうした人は人間関係もうまくいく。

竹内秀樹

下駄は世界に類をみない日本独特のはきものである。

下駄の特色は乾燥しやすい木を使って、地面からわずかに高く足を置いて、靴のように足の甲をけっして包み込まず極めて通風がよい。

足の通風を保つ点ではワラジ、ワラグツも同じである。

日本人がゴム長靴や謬」鋳
 モース先生のスケッチ(左茶の湯の先生宅玄関の下駄箱,右高貴の老婦人の足)
あみあげ靴のような足を包み込むはきものをつくらなかったのは、長靴のように湿気でベトベトになることを避けるためである。

このためむかしの日本人は水虫になやまされなかった。

ところが明治になって欧米の軍隊様式をまねて、長靴の生活を始めてから、たちまち足は水虫の巣になってしまったのである。

いつも地面がぬれている雨の国で泥の国日本では、西洋の靴のように直接地面に接するはきものは不潔であり、不適なのだ。

下駄が地面から離れているのは、家の床が縁の下をはさんで高床になっているのと同じ原理である。

竹内秀樹

光と水と土と緑の、この豊かな国土の自然にはぐくまれた日本民族がこの恩恵になれて、長い歴史の間になぜ怠け者の国民にならなかったのか。

それは日本が天災国日本だったからである。

日本は古来から「地震、雷、火事、おやじ」といわれるほど宿命的な天災を風土として与えられていたのである。

せっかく丹精こめた秋のとり入れも、台風一過、根こそぎ失われることもある。

農民はその翌日から営々として立ち上がらねばならぬ。

常に存在する災害の脅威が人々に貯蓄心を覚えさせ、それに対抗するためのさまざまの知恵を生んだのであろう。

このように日本の風土は光と水といった「慈母の恵み(天恵)」と父親のきびしいムチにも似た「厳父の戒め(天災)」とが同時に用意されて、活気と刺激に富む、勤勉な国民性をつくりあげてきたものと思われる。

竹内秀樹

200カイリ経済水域の設定は、海洋国日本にとって有史以来の致命的な大外圧である。

自由な海が不自由な海となり、広い領海から狭い公海へと、海洋分割の世界史上の大事件なのである。

世界一の海洋国、水産国日本が最も大きな直接的な被害や脅威をうけることは間違いない事実である。

最近のマスコミの論調や世論がおしなべて悲観的になるのは当然である。

ところが日本の歴史の実態からすれば、この海洋法ショックも結果的には危機をテコに飛躍のチャンスにしていくことに気がつくときがあると確信する。

海洋法改正により世界の多くの沿岸国は国土の何倍もの200カイリ経済水域を領有することになるが、果たしてどれだけの国がこの宝の新空間を十分活用することができるだろうか。

アフリカやインドネシアなどは広大な海を所有する海洋国になるのだが、未だほとんどその利用を知らないのだ。

竹内秀樹

日本の海岸線の長さ

日本列島は北海道、本州、四国、九州の四大島のほかに四千有余の属島で構成され、海岸線の長さは約三万キロに及び、これは大国アメリカよりもイギリスよりも長いのである。

海岸線発達率(その国と同面積の円の周で、その国の海岸線の長さを割った値)の高さは文化の尺度になるといわれている。

この点日本は世界有数の国である。

山の垂直肢節とともに海への水平肢節に富む国ということができる。

これが確かに日本を発展させ、今後も発展させる原動力になることはまちがいない事実である。

異国と国境を接した内陸に閉じ込められた内陸国と、四面海に囲まれた海洋国とでは、同じ面積の国土でも、その価値はたいへんな違いである。

竹内秀樹

"空気の壁"・・・竹内秀樹

原理は、じつに簡単で、出入口の上から下へ圧搾空気を流して層をつくり、それをドアに見立てて、部屋の内と外を分けている。

いわば、"空気の壁"をつくって、部屋の冷暖房を確保し、外のほこりをシャットアウトする。

そして、出入りするには、ドアを手で押したり引いたりする必要がない。

デパートなどでは、買い物客は両手にいっぱい荷物を抱えたままで自由に出入りできるという便利さがある。

このエア・ドアも、ドアというものの属性をあげていけぽ、簡単に思い浮かんでくるアイデアではないだろうか。

ドアといえぱ、木材や金属、ガラス、プラスチヅク、布などでできているのが主である。

それを「固体」という項目にまとめることができる。

「固体」を「液体」にしたらどうか、「気体」にできないかという発想は、自然に生まれてくるはずだ。

竹内秀樹

属性リスト法

それまでのPR誌も、形を変えてみてはどうかということで、フランスパンのように細長いものにした。

トイレ空間を「第三の空間」と呼ぶようにしたのもそのころからのことである。

社名からPRのしかたまで、INAXのCIは、まさに完壁なチェックリスト法がほどこされたのではあるまいか。

チェックリスト法同様、商品の改良・開発のヒントを得るために用いられているテクニックに「属性リスト法」と呼ばれるものがある。

改良しようとする品物の属性をあげ、その一つひとつについて、「変えることができないか」チェックしていく。

この考え方から生まれたものの典型と考えられるものに、「エア・ドア」がある。

自動ドアができるまえの話で、いまでは、べつに珍しくも感じないが、20数年まえ私がアメリカへ行って、はじめてそれを見たときにはたいへん驚かされた。

竹内秀樹

いま流行中の企業のCIにも、問題点のみつからないところへ問題を提起しようという意図がみられる。

とくにいま、解決を急がなけれぽならない問題は派生していないが、組織が持つ潜在的問題点を明らかにして組織の思い切った活性化を図ろうという意図だ。

たとえば、まえに紹介したINAXは、INAXの"X"に、未知数のXを感じさせられないかという意図をもたせた。

「社名を変えてみたら」に始まる、いくつもの「...を変えてみたら」

によって、イメージ・チェンジに成功した。

たとえば、普通はビルの一階にあるトイレの便器のショールームを、東京・六本木のアークヒルズのビルの最上階に持ってきた。

しかも、まるで西洋骨董品のようなみごとな便器のコレクションをそこで開陳してみせた。

竹内秀樹

システムフロッピーと文書フロッピーを一枚にしたものはできないかなど、素人が考えても、チェックリストにしたがってチェックしていけば、生産コストの問題はあるが、ワープロの仕様についての注文は、まだまだいろいろといくらでも出てくる。

平面にしたら、立体にしたら、固くしたら、柔らかくしたら、二倍にしたら、結合したら、分割したら、男用、女用、子ども用、老人用にしたら、動物にしたら、機械にしたら......と、自分なりのチェックポイソトをリストにしておいて、そのリストのとおりに一つひとつチェックしてみるのである。

こうすると、いままでの概念ではありえなかったおもしろい品物がいろいろと出てくる。

「白い黒板」などは現実に商品化されているし、「冷たい天ぷら」も、アイスクリームの天ぷらなどとして、料理屋のメニューに加えられ、珍しがられている。

竹内秀樹

自分の責任・・・竹内秀樹

社会人になった以上、当然遅刻は許されない。

ところがある日、A君は三十分も遅刻してしまった。

大雨が降り、電車が大幅に遅れたためである。

A君は、当然自分と同じ部署の社員たちも遅刻して来るものと思っていた。

ところが、会社に着いてドアを開けるなり、驚いてしまった。

なぜならば、自分以外の社員はみんな席につき、ふだんと同じように仕事をはじめていたからである。

こうしたとき、つい口からでてしまうのが、「電車が遅れたんです。いつもより十五分も早く家を出たんですけど......」というセリフだ。

しかし、自分以外の社員が全員定時に出社しているのだから、遅刻の理由にはならない。

こんな場合でも、まずは「遅れて申しわけありませんでした」と謝ることだ。

そして、遅刻の原因を聞かれたら、そのときは「大雨で電車が遅れたんです」と、きちんと理由を述べることである。

それを、謝るまえから、「遅れたのは、自分のせいではなくて電車だ」と、自分の責任を電車のせいにするのはよくない。

たとえ、どんな理由があれ、遅刻したのは自分の責任なのだ。

竹内秀樹

失敗には「一生懸命やりました」と弁解するまえに、「申しわけありませんでした」と謝るある新入社員が、約束の期限までに報告書の作成ができなくて、取引先に持っていく時間に間に合わなくなってしまった。

そこで、上司から叱られたのであるが、ふた言めには「一生懸命やったんです」を連発している。

こうした部下の態度を見ると、たいていの上司は、はじめは叱るつもりなどなくても、小言のひとつも言いたくなってしまうものだ。
もちろん、この社員の気持ちもわからないわけではない。

ひとつの仕事をまかされた以上、だれでも責任をもってやり通したいと思うだろうし、自分が苦労したのだから、その労力だけでも認めてもらいたいという気持ちもあるだろう。

こうしたとき、つい、「自分は一生懸命やったんです」という、言い訳の言葉が先に出てしまいやすい。

一生懸命やったが、結果が出なかった。

仕事をしていくうえで、こうした経験はほとんどの人が味わうはずだ。

しかし、少々きびしいようだが、どんなに「一生懸命やりました」だけをくり返しても、責任のがれの態度にしか思われないということを肝に銘じておいてほしい。

なぜならば、仕事は結果がすべてだからだ。

竹内秀樹

始終電話のベル・・・竹内秀樹

記者クラブに行っておれば、クラブが書斎になる。

社にもどれば、編集局のデスクが勉強机になる。

とくに新聞社というところは騒々しい場所だ。

始終電話のベルが鳴っているし、荒々しい応答が早口にしゃべられている。

位置によっては輪転機の轟音や、さまざまな雑音があふれている。

いちいちそんなものにわずらわされていたら、新聞社では勉強などできっこない。

原稿を書くことも勉強のうちと考えるならば、新聞社では最も苛酷な条件の下で執筆が強制されている。

新聞の締切り時間は1日に数回ある。

その最寄りの締切り時間に間に合わさなければならない。

締切りの間際には、書いた先から、1枚ずつ次長が原稿をはぎ取っていく、といった状態である。

竹内秀樹

勉強する空間・・・竹内秀樹

「いつ勉強するか」という「時間」の工夫について述べてきたのであるが、これからは「どこで勉強するか」の「空間」の問題を考えてみたい。

勉強する空間、つまり勉強場所のことであるが、実は時間と空間を切り離して論ずることはできない。

通勤の往復の時間を利用するということは、通勤の乗り物のなかで勉強することである。

寸暇を利用し、コマ切れ時間を活用するのは、列車のなか、飛行機のなか、喫茶店のテーブルなどの場所を用いるということにほかならない。

静かな書斎で浄机に向かうというのは、まさに勉強するにふさわしい空間である。

しかしビジネスマンは、いつも書斎に座しているというわけにはいくまい。

そういう空間でばかり勉強していられないのが、ビジネスマンの生活ではないかと思う。

私は、昔、新聞記者をしていたが、新聞記者という商売は、常に勉強していなければやれない仕事である。

そのくせ書斎で落ちついて勉強する時間はない。

だから毎日のいたるところが勉強場になるのである。

竹内秀樹

新聞を読むこと・・・竹内秀樹

新聞を読むことは、ビジネスマンにとって、大切な勉強である。

それにしてもホテルの食堂で、朝食をとりながら新聞を読むということは家庭にいるときの習慣が現われるのではなかろうか。

ビジネスマンの毎朝の様子が目に見えるようである。

このことを考えると、毎朝6時から8時までを読書の時間とするのは、実情に合わないようだ。

1日4分法では、夕方の6時から8時までが社交の時間となっている。

おそらくは会社が終業してから職務上、出席しなければならないパーティーや宴会があるとか、それのない日は同僚や上司、部下と、つきあいで飲みに行く、という計算なのであろう。

毎日これだと、家庭で夕食をとる日がなくなってしまう。

毎日社交ばかりやらないで、ときにはこの時間帯で研究会や勉強会をやってもよかろうし、家庭サービスもあってしかるべきだ。

さらに9時から翌朝6時までが休養と睡眠となっているのも、勉強するビジネスマンには適合しない。

もし集中的に勉強できる時間、というならば、ビジネスマンにとっては、むしろ午後9時以後ではないだろうか。

竹内秀樹